例えば、年収3000万円だが、毎日朝早く出社し夜遅くまで働き、数少ない休みの日も仕事の事を考え、組織の中で様々なストレスを抱えながら、それでも立ち止まることを許されない働き方と、
年収1000万円だが、誰にも指図されず煩わしい人間関係もなく、好きな時間に好きな場所で一日に数時間だけ働けば良いという働き方があるとしたら、
これからの時代、どちらが本当の勝ち組だろうか?
昭和世代の価値観
昭和世代の価値観として、そのテーマは「所有」にあった。
日本がまだ貧しかった幼少時代を経験し、高度経済成長で働けば働くだけ暮らしがどんどん豊かになるという実感と共に、多くを所有できる事が勝ち組の証であった。
良い時計、良い車、良い家、とにかく良いものをより多く所有したいという動機に動かされ、ひたすらに頑張ってきた世代。馬車馬の如く働くことを厭わない、出世レースに乗る、会社の中で偉くなる、というのが勝ち組になるための条件であり、そのために良い大学に行って、良い会社に入る。良い仕事に就く。それこそが人生を成功させる条件だった。
この世代の価値観からすれば、シンプルに収入の多さ=勝ち組かどうかの判断材料であり、誰もが、より多く稼ぐことを目指すゲームが存在した。
ゲームの変化
一方、これからの時代の勝ち組とは、上記のような昭和世代の価値観とは異なる様相を呈してきている。
今の若い世代価値観では、沢山稼げなくとも、社会的に偉くなれなくとも、ものを沢山所有していなくとも、時間的、空間的制約に縛られず、生活するのに不自由のない程度にそれなりにお金を稼ぐ事が出来る人こそが勝ち組なのである。
つまり、いくら高収入であろうが、自分自身の時間と身体を浪費することでしか報酬を発生させる事ができないアナログな働き方、あるいは、決まった時間に出社し、まとまった時間を特定の場所に拘束されるような働き方は勝ち組とは言えないのだ。
これまでのアナログな働き方で沢山コミットして沢山稼ぐことを目指すより、時間的、空間的制約を超えた働き方を目指したいと考える若者の増加が、今日のアフェリエイター、ブロガー、インスタグラマー、YouTuberなどのネット上で収益を目指そうとする人々の増加にも繋がっている理由である。
最近の若者は、と言われるの理由
こういった世代間における勝ち組・負け組に対する価値観の違いが、若手社員のやる気の無さや根性の無さ、早期離職として昭和世代には写ってしまう。何で上を目指そうとしないのか?もっと貪欲になれよ!といくらハッパをかけても、そもそも目指している価値観自体が違うのだから、昭和世代が釣られたようなエサでは今の世代の若者は釣られないのだ。
資格職の弱点
こういった現代の若者の価値観から言えば、医者なども勝ち組とは全く言えない職業である。資格をとって将来を安定的に暮らしたいと考える人たちは、概して真面目な人達である。そして、その真面目さが仇となる。
資格を取得し仕事を得ようと考える人は、極めて思考回路が真っ当であるが故に時代に取り残される可能性がある。とりあえず、資格で働き口には困らない、飯が食えてしまうので、いつまでも古い価値観のアナログな働き方から逃れられない。そしてそれに疑問も感じていない。
それでもアナログな仕事をやった方が良い理由
しかし、弱医はそれでも、アナログな仕事も持っているべきだと考えている。何故なら、少なくとも今の日本では、定職についている方がまともな人と思ってもらえる。チャレンジングな生き方を望まないのであれば、やはり無難な職業を選択しておくべきだ。そういった意味で資格を有しておくことは人生の保険としても利用できる。最悪、その仕事をやれば良いという意味で人生の土台を築くことが出来る。
独身か配偶者との二人暮らしならば良いだろうが、将来的に子供ができたときに、「お父さんの仕事は?」と聞かれて、「アフィリエイターです。」と子供に答えさせたいか?答えはおそらくNoだろう。社会的なアイデンティティを保つ意味でもアナログな仕事を持っている価値はあると考える。
どうすれば良いか?
では、これからの時代はどうすれば良いのか?
それは、対面を保ち安定感をもたらす表(リアルアナログ)の仕事と、時間的、空間的制約を超え、いろんな意味で自由を得られる裏(ネットデジタル)の仕事をそれぞれに構築する事が、これからの時代の勝ち組の条件となる。
リアルの顔とネットの顔、それぞれの顔を持つ事で、これまでの古い時代のアナログな稼ぎ方、至極真っ当な稼ぎ方、正攻法の稼ぎ方しか知らない人はこれからの時代は負け組ノーダウトである。
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